ラン科植物26000は全てラン菌と共生する「菌根」を具備する菌根植物である。
このことが、どういうわけかラン界では・・・重要視されてこなかった。
極端に言えば削除されてきた。
とんでもない非科学的なもので、栽培法も、本も書かれてきた。
蘭の図鑑などでは・・・腐生ランの写真、記述があるにも関らず・・・
ラン菌、菌根のことに触れたものは皆無に等しい。
つまり、これまでのラン栽培法というのは・・・
ラン科植物のランのランである特質・・菌根を無視、削除して構成されている。
一般の植物と同じような観点、視点から書かれている。
ラン栽培の入門書は・・・ランブームの時多数発行された。
そして、現在も、ホームページに多数の栽培テキストが掲載されているが、
ランが菌根を持つ植物であるということがほとんど書いていない。
テレビの講座でも・・・誰も説明、触れてこなかった!
つまり、本当のランの姿を教えてこなかったということである。
枝葉末節のことを・・・あたかも重要な栽培要点のように教えてきた。
こういうことを30年、40年やってきた結果、
今日のような・・・ラン界の状況になったといっても過言ではない!
消費されるラン。消耗品のラン。
電化製品と同じ姿。
日本は戦後、工業立国できた。
テレビでも、掃除機でも・・・頻繁にモデルを変え、スクラップして・・・売ってきた。
この製造、商売のビジネスモデルを・・・園芸にまで浸透した。
枯らしてもらうから・・・成立するビジネス。
ランは多年草である。
簡単に枯らしてもらう植物としてランを考えるのは、相当違和感のあるもの。
無理に無理をかさねて・・・ビジネスの素材としてランを扱ってきた。
高嶺の花を安くしたから・・・売れた。
メリクロンが出来たときから、必ず、今日のような状況、時代が来ると予想された。
ドンドン苗を大量生産すれば・・・大量に消費されないと成立しないビジネスモデルである。
しかし、ランを購入する人の多くは、この考え方とは大きく異なる!
来年も立派に花を咲かせたい。
株を元気にして殖やしたい!
それがガーデニングを行う人の心情である。
この花を愛する人の心と、ランをビジネスと捉え商売している人には、
このにたいする心のもち方に大きな乖離がある!
そういうことで、ランを商売にしている人にとって、ランが菌根であろうが、なかろうが、
どうでも良いことのようである。
長生きして、増殖されては・・・極端に言えば・・・困るのである。
これまでは、こういう商売をしている人から、ホームセンターの、お店の人から、
ランの栽培法を聞く場合がおおい。
そういうことで、なにがなんだかわからない栽培法が流布している。
そのもっとも顕著なことが・・・・ラン菌と菌根である。
そんなこと売る側からすればどうでも良い知識である。
つまり、コチョウランであれば・・・100%消費でも・・・

ラン栽培法というのは、突き詰めて考察すれば、
無菌播種法も、メリクロンも、苗生産する上で、人間がラン菌の代わりの仕事を行なっている。
ナドソンの無菌播種法の発明は、
ラン自生地におけるラン菌の仕事を、無菌状態で行なう・・・人間が代わりに行なうことである。
枯れ葉、植物死骸のセルロース、リグニンをラン菌が分解すれば、糖、糖質が生まれる。
これに着目したナドソンは、培養基に炭素源として砂糖を添加した。
これによってラン菌が必要なくなった!
ナドソンはラン菌を真似たのである!
しかし、ナドソンは、コンポストを作ることは出来なかった。
実際の栽培では、フラスコのように無菌状態でランを栽培できないからである。
自然界で、鉢に砂糖を添加すれば・・・直ぐにアルコール発酵するからである。
これでは、ランの種子が発芽できない!
ラン菌が種子に供給するのは低分子の糖、糖質であって、アルコールではないからである。
この理由で、ラン菌というのは好気性菌であって、醗酵腐敗させる嫌気性菌ではない。
だから、ランの根は地表に横に張る!
ナドソンの研究は・・・・コンポストまで発展できなかった!

無菌播種法。
現在であれば・・・山中教授のiPS細胞と同じようなサプライズであった。
ランが菌根植物であるという意味を、根底から覆した。
ランの進化の時間を・・・数千万年の年月を削除して見せたからである。
しかし、これは、あくまでも無菌状態のの環境条件でのもの。
ここのところをラン界は誤解した。
実際の栽培現場に・・・無菌状態はない。

この技術が、あまりに大発明であったために、
ラン界の頭に、深く深く染み込んでしまった。
全然ラン菌など・・・必要ない菌で無用なものとなった。
更に、ランの葉にも葉緑素がある。
ならば、光合成も・・・・ランも葉で行なえば充分である!
そういう考えが今日まで200年間支配してきた。
本当に、自然界は、そんなに単純なことで成立しているのか???・
人間の栽培技術で・・・巨木を作れるか????
植物工場で・・・樹齢500年、7000年の巨木を作れるか???
植物の多様性、そして多様な植物が生き続けるということは、
単純な科学の知見と技術でできることなのか???
ラン科植物は、植物進化の頂点にある植物である。
ならば、非常に複雑な生態系の中でいき続けてきた植物であることになる。
しかし、ラン界では・・・・逆に単純化してきた。
自生地の生態系など・・・無視。
外的環境を自生地に真似ることをやってきた。
温度、光、湿度、風、雨、霧・・・・・
自生地に行って観察するのは・・・この程度の環境条件。
しかし、最も大切なラン菌との共生で構築してきた生態系は削除、無関心。
こういう行動、思考の中には、ナドソンの無菌播種法で、ランが発芽する・・・ということが、
深くインプットされている。
しかし、深く考察すれば、ナドソンの無菌播種の成功は、
苗の生産の手法に過ぎない。
なぜ、ナドソンは、そこから・・・ラン用のコンポストを発明しなかったのか。
水ゴケで充分と考えたのか????
ランが枯れるのが、衰弱するのが当然と考えたのか??・・
なぜ宇井清太がこういうことを書くかというと、
野生ラン界で、カキラン、クマイソウ・・・・なども無菌播種は成功したという。
だが・・・フラスコ内では育ったものが・・・外に出した途端栽培が難しくなる。
ランを自然に戻した時、根付かせるのはほとんど不可能!
自生地では誰も肥料などやらない。
水ゴケなどで植えるから・・・自生地の生態系と違うから・・・人為的に与えなければならない。
全て、この行為と仕事はラン菌の代わりの仕事である。
この代わりの仕事に・・・秘伝とか、秘技とかというけれど、
なんのことはない・・・・ラン菌の代用の技術である。
SUGOI-neは自然を再現したコンポストだから・・雨水であれば肥料はいらない。
燐酸もカリも微量要素も要らない。
雨水と同じにする尿素があれば良い。

ナドソン時代も、ナドソンは簡単に馴化できるコンポストを開発しなかった。
発芽した後のことを完成しなかった。
フラスコ以後の栽培法は・・・・今日まで・・・約200年同じ。
植物栽培というのは、実験室から外に出て、実際栽培しての実証が必要であるが、
実際の栽培に当たっては・・・寒天の代わりに水ゴケを用いて、
養分は・・・肥料として(培養基の成分)を与えれば、何年も栽培可能という見解を持ったのか???
本当にラン菌が必要ないと考えたのか???
メリクロンも同じである。
この苗が大株になり鉢物として出荷されてるから、ラン菌削除でも産業になっている!
これをみれば・・・ラン菌がなくとも栽培可能と考えることもできる。
しかし・・・・この栽培法、用土では・・・山に植栽できない。
自生地を再生できない。
自生地であっても・・・・少し離れた場所に移植しても・・・水ゴケ植えのランを・・・
根付かせることは出来ない。
ラン界は、種子が発芽できないコンポストで栽培してきた。
こういうことは、他の植物では見られない。
なぜなら、植物というのは芽生えた場所で生き続けるものだからである。
種子が芽生えた場所が自生地である!
ならば、種子が芽生える用土で栽培する。
当たり前のことである。
本当に、人間は、ラン菌の代わりになれるのか!
ラン菌のすることを人間がどこまでやれるのか???
ラン菌の生息しないコンポストでの栽培は、突き詰めて考えれば、
全て、人間が行なわなければならない。
完璧にできる人などいない。
栽培の上手、下手、名人の差は、どこまでラン菌に近づくことが出来たかということである。
地上部の外的条件など・・・光、温度、湿度など・・・やろうと思えばできるもの。
問題は菌根の環境条件である。菌根の生態系である!
これを解明する研究、努力をしないまま、ラン栽培200年が過ぎた。
安直な肥料栽培が行われて来た。
無機肥料、有機肥料????
これを与えるとラン菌の代わりになれるのだろうか???
つまり、水ゴケに肥料を与えて、これに播種しても発芽できない。
こういう肥料を菌根が喜んでいるのか????
こういう肥料をラン用といえるのか????
コンポストが欠陥を持っているから・・・必要なのである。
SUGOI-neには欠陥がないから・・・肥料はいらない。
尿素があれば・・・足りる。

尿素は肥料でなく・・・雨水を再現するためのものである。
SUGOI-neなら・・・自生地を再現したラン栽培が・・・無造作にできる!

SUGOI-neを開発した理由は・・・・アレコレ多くあるが・・・・
自然は・・・ランの自生地というのは、人間の現在の科学で割り切れるほど、
単純なものではないと思うところから出発している。
ラン自生地の根の生態系など・・・誰も解明していない。
水ゴケで植えて肥料で作る・・・この単純な鉢内の生態系で、
ランを語ることの危険と、無謀。
例えば、熱帯雨林のボルネオ島の生態系は・・・・そんなに単純に構築されているのか???
SUGOI-neの栽培法は、この生態系を再現するもの。
ようやく、菌根植物の生態系栽培が可能になった。

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kouza 1ho

人間はラン菌の代わりになれるか??? 
 

        菌根植物のランを作るということは、
        ラン菌の仕事を人間が行なうということ。


人間の科学は原発も原爆も作った。
しかし、植物が無造作に行なう「光合成」を出来ない。
人工光合成が出来ない!
これができれば、食料問題も、エネルギー問題も一挙に解決して、
人類は・・・永遠不滅に生存続けることが可能になる。

ラン科植物26000の原種。
自生地において、ほとんど全てのラン科植物は、光合成などの負け組み植物である。
発芽から開花までの緩慢な生長速度では、他の植物に勝つことはない。
こういうランにとって「光合成」は生存、子孫継続にとって、
存続を賭けた大問題だった。
貧弱な澱粉生産。
このエネルギーのみで、ランは生長するための全てのものを賄うことができるのか?

自生地において、ランが未だにラン菌と共生している事実。
菌根を削除することなく、営々と菌根を具備してきた事実。
ランを語るとき、このことを削除、無視しては、ランを語ることはできない!

蘭の自生地は多様である。
負け組み植物が・・・見つけた安住の地というのは、他の植物と競合しないような、
過酷な条件の場所である場合がほとんどである。
そのため、非常に貧栄養、過酷な条件下でも、生きられるという特性を具備した。
このために、養分のほとんどない水ゴケ、軽石、バーク、ヤシ繊維、炭・・・
そういうものを鉢に詰め込んだ状態でも・・・どうにか、泣き泣きでも生きられる。
現在のラン栽培というのは、貧しさに耐え「分相応」に生きるという生き方を利用したものである。
だからといって、ランが、あなたの温室を喜んでいるわけではない!
あなたの温室内の、素焼き鉢水ゴケ栽培というのは、
自生地では絶対ありえない、生き続けることが不可能なもの。
愛好者が手塩にかけて、ラン菌の代わりになって介護して・・・成立する栽培法である。
栽培というより「介護」である。
ラン菌もいない、菌根を持つことも許されない・・・状況下で管理されている姿。
これが本当に幸せなのか????
愛好者の中には・・・ランが無くては暮らしてゆけない!
そういう生活をしている愛好者もいる。
しかし、ほんとにラン菌の代わりになって介護、管理できるのか????
自分中心の身勝手な愛好をしていませんか???
これまで、ランから見た・・・貴方・・・という視点でラン栽培が論じられたことはない。
光合成が充分行なわれるようにしているのか??・・
日本の夏は暑すぎる・・・・・
夏ばてに・・・どう対処している???
燐酸をどうやっって吸収させている????
いろいろ肥料与えているようであるが、本当に効いている???
自生地では燐酸欠乏など起こらない!
ラン菌が調達してランに供給しているからである。
ランが菌根を捨てない理由は・・・糖、糖質、燐酸を欲しいからである!
亜燐酸肥料は・・・ラン菌の代わりになるれるのか???
SUGOI-ne栽培では燐酸肥料など、全然必要ない!

蘭展での賞は・・・・
ラン介護技術部門賞なのかもしれない・・・。
ラン栽培の歴史も科学もたった200年のもの。
植物進化の深遠からみれば・・・第一歩にもなっていないのかもしれない。
自生地に足を運んでも・・・目に見えるものを観察するのでは、植物のランの深遠に迫ることは出来ない。
植物分類学上の新種発見なら、それでよいのかも知れないが、生命の根源を探るのは、別の領域である。
趣味の人は原種名をものすごく知っているが・・・ラン菌に付いてはほとんど無知。
このアンバランスが・・・ランを泣かせ、消耗品にしている。
未だに、この流れは止まってはいない。